1.イギリスの大学の学費をアメリカの大学と比べると
今年(2024年)7月のイギリス総選挙の結果政権の座についた労働党のスターマー党首はもともと大学授業料の無償化を主張していました。
しかしここ数年の高いインフレの影響で今年度は40%ものイギリスの大学が赤字に陥ると予測されていて、このままでは多くの大学が財政的に破綻するおそれがあることから、先日イギリス政府はイギリス人学生が支払うイングランドの大学の学士過程の学費の上限を現在の年£9,250から来年以降年£9,535に引き上げることを決定しました。
(ただしこれはイギリスの中でもイングランドの大学に限った話で、イギリスの他の地域であるスコットランド・ウェールズ・北アイルランドの大学の学士過程のイギリス人学生の学費については今のところ変更される動きはありません。)
何というU-turn(政策の180度転換)なのか、次の選挙では労働党はかなりのしっぺ返しをくらいそうですが、Universities UKという全英の140あまりの大学が加盟する団体はさらに最低でもこれを年£12,500に増額しないとやっていけないと主張しています。
今後このイギリス人学生の学費がどこまで上がるのかは予測がつきませんが、先日Daily Mailという大衆紙の記事がイギリスの大学の学費とアメリカやEU諸国の大学の学費を比較していました。
アメリカのCollege Boardという高等教育にかかわる非営利団体の最新のレポートをもとに、アメリカの大学の学費をイギリスポンドに換算すると、4年制州立大学では海外からの留学生も含む州外からの学生が支払う学費の平均は年£22,461、4年制非営利私立大学の平均は年£32,007ということになっています。
これによるとイギリス人学生はイングランドの大学の学費が来年以降年£9,535に上昇するとはいえ、アメリカの大学に留学するよりはるかに安上がりだということになります。
もっともこれはイギリス人学生がイギリスの大学の学士課程に進学したときの学費とアメリカの大学の学費を比較した場合の話です。
日本人を含むイギリス国外からの留学生がイギリスの大学の学士課程で学ぶ場合に支払う学費は、特にここ10年ほどの間にイギリス人学生が支払う学費よりもかなり高く設定されるようになりました。
大学やコースによってばらつきはありますが、世界大学ランキングで上位に入る大学では医学課程を除いて年額で£30,000前後かそれ以上のこともあり(医学課程ではこれよりさらに年額で£20,000程度高い)、アメリカの4年制非営利私立大学の学費の平均とさほど変わらない水準となっていることも珍しくありません。
修士課程の場合も一般にMBA(経営学修士)課程を除きイギリス人学生よりも外国人学生の学費は高く設定されていますが、修士課程の場合はイギリス人学生の学費も£20,000以上の高額に設定されていることも多く、外国人学生が支払う学費(一般に外国人学生が支払う学士課程の1年あたりの学費よりやや高い水準)との差は小さくなっています。
2.それでもアメリカ留学ほど高くない
以上に述べたようなイギリスの大学の学費の高騰ぶりを前提とすると、同じくらいの学費が掛かるのであればアメリカに留学したほうがよいと感じる方もいるかと思います。
むしろアメリカでは、大学の名目の学費がかなり高くても実際には奨学金などの財政的援助が充実しているので、実質の学費負担は低くて済むという話も聞いたことがあるかもしれません。
例えばハーバード大学などは入学審査にあたって志願者の学費の支払い能力を問わないNeed-Blind Admissionという方針をとっており、このような大学に入学できれば実質的な学費の負担が0で済むこともありますが、このようなポリシーを外国人留学生にも適用しているのは、全米に約4,000校もある大学の中でもハーバードのほかマサチューセッツ工科大学やプリンストン・イェールなど10校ほどしかありません。
また、奨学金に関しては、このページによるとアメリカ人学生でさえ受給しているのは8人に1人にすぎず、受給者の97%は受給額が$2,500に満たないことを考えれば、ハーバードやスタンフォードの学士課程に学費全額免除で進学したという日本人は非常に稀なケースで、一般的には日本人がアメリカで得られる奨学金でアメリカの大学への留学費用の大部分を賄うことを期待するのは難しそうです。
一方、以下のような点を考えれば、イギリス留学にかかる費用(学士・修士課程)はアメリカに留学した場合と比べて安くなると考えることもできます。
①現在の£1=¥200くらいの為替水準で計算すると日本円に換算したイギリス留学費用は高くなってしまうものの、おそらくこのくらいが£レートの上限で、ポンドは米ドルよりも変動が非常に激しく、現に2016年後半から2020年にかけては£1=¥140台で推移していたことも考えれば、近い将来£レートがこのくらいの水準に落ち着く可能性は大いにある
②学士・修士課程とも原則としてフルタイムでアメリカより1年短く修了できる(学士3年・修士1年、なおMBA課程は1年から1年半)ので、それだけアメリカに留学した場合と比べて費用が抑えられる
③イギリスの大学側も外国人留学生が近年減っていることを認識している一方、今回のイギリス人学生が支払う学費の値上げにより大学の財政危機が緩和する方向に向かうので、イギリス人学生の学費と比べてこれ以上露骨に外国人学生の学費を上げないのではないか(もっともこれはあくまで私の推測です)
④マイナーな大学であれば外国人学生の学費が年£20,000以下の大学もあるし、いずれにしてもエリート大学も含めほとんどのイギリスの大学の外国人学生の学費はアメリカのトップの私立大学の学費水準には及ばない
⑤生活費も一般にロンドンを避ければアメリカよりも安く済む(実際の世界の物価水準がわかるNumbeoというサイトによると、この記事を書いている2024年11月の時点で家賃を含む生活費の水準はロンドンでは東京より80%高いのに対し、マンチェスターでは東京より20%高いだけで済む)
この中でアメリカに留学した場合と比べて特に大きいのは②と⑤の点で、さらに①に書いたように£レートが落ち着けば、イギリス留学がアメリカ留学よりも安く済む可能性が高まると考えます。
3.まとめ
イギリスの大学ではここ10年ほどの間に外国人学生が支払う学費がイギリス人学生の学費と比べてかなり高く設定されるようになり、世界ランキング上位の大学では学士・修士課程とも年額で£30,000を超えることもあります。
それでも大学によって外国人学生の学費にはばらつきがあるほか、£レートが現在の高値から近い将来落ち着くことが予想されること、アメリカの大学と比べて学士・修士課程を修了するのにかかる期間が一般に1年短くて済むこと、ロンドン以外であれば生活費も抑えられることも考えれば、アメリカ留学よりもイギリス留学の費用を低く抑えられる可能性は高いといえます。