1.試験の概要
英語圏の国に留学するために受ける英語能力試験と言えば、かつてはTOEFL(Test of English as a Foreign Language)一択でしたが、2010年前後から日本でもIELTS(International English Language Testing System)の受験者数が増え始め、今では日本でもTOEFLに匹敵する知名度を有するに至っています。
もっともIELTSは全世界で年間300万人以上の受験者数を誇っていて(ちなみにTOEFL iBTは全世界の年間受験者数を公表していません)、日本に浸透するのがむしろ遅すぎたように思います。
両者は実施主体がアメリカの団体か(TOEFL)、それともイギリス・オーストラリアの団体か(IELTS)という点で違いがあります。
また、TOEFL iBTはスピーキングも含めてすべてコンピューターで受験しますが、IELTSはペーパー受験のほか、東京や大阪などではコンピューター受験も選択でき、いずれを選択してもスピーキング試験はネイティブ・スピーカーの試験官との一対一の面接形式で実施されます。
両者は4技能の各セクションごとに試験内容が異なりますが、TOEFL iBTは昨年2023年7月に試験内容が変更され、リーディングの文章が2つに削減されたほか、従来あったライティングのIndependent Task(目安300語以上)がなくなってAcademic Discussion Task(目安100語以上)に取って代わり、トータルの試験時間が約2時間に大幅に短縮されています。
2.IELTS⇆TOEFLの乗り換えは可能か
英語圏の大学に出願する場合、IELTS(Academic)/TOEFL iBTのスコアのいずれでもよいのが通常ですが、たとえばハーバード・ロースクールのLLM(法学修士課程)のように、アメリカの大学の中には例外的にIELTSのスコアは受けつけず、必ずTOEFL iBTのスコアを提出するものとしているところがあります。
このような場合を除き、IELTSかTOEFLかで迷う実益はなく、一般的には試験形式を比較して大学側が要求しているスコアが取りやすい方を選ぶべきといえます。
もっとも、IELTS・TOEFLのいずれかに向けて学習していた方が、スコアの伸び悩みを感じ、他方の試験に乗り換えて成功するかどうかは、両者の試験形式が大きく異なるため、一概にはいえません。
これに関連して、TOEFLの実施主体であるアメリカのETS(Educational Testing Service)はTOEFL iBTとIELTS(Academic) 両方の試験を受験した受験者のデータに基づいて作成したTOEFLのtotal scoreとIELTSのoverall bandの対応表を公表しています。
対応表(ETSのホームページより一部を抜粋)
TOEFL iBT(total score)ー IELTS(Academic, overall band)
110 ー 8
102 ー 7.5
94 ー 7
79 ー 6.5
60 ー 6
しかし、このデータが取られたのは2008年と古く、サンプル数も多くなく(1,000人を少し超える程度でその多くは中国人受験者)、当然その後の試験方式の変更に対応したものでないため、あまり当てにはならず、どちらか片方の試験を受けた方が他方を受けた場合、実際のscore/bandは必ずしもこの対応表のようになるとは限らないように思います。
ただ、両方の試験を受けたことのある方のブログをいくつか読むと、TOEFL iBTからIELTSに転向した場合の方が、その逆よりもうまくいく可能性が高いとおっしゃる方が多く、これは私の実感とも一致します。
その主な要因としては、後述する通りTOEFL iBTはライティング・スピーキングの試験形式がトリッキーなこと加え、リーディングではIELTSと比べてアカデミックな語彙がより多く使われる傾向があるので、IELTSを受験する場合と比べて試験形式に適応するためより多くの時間が必要なためであると考えられます。
もっともTOEFL iBTからIELTSに転向するのが逆より比較的容易であるといっても、IELTSにはIELTSなりの難しさがあることも覚悟しておかなければなりません。
(リーディングの分量が多く、速読力が要求されるほか、ライティングの採点が厳しいなど)
3.私がIELTSをお勧めする理由:主にライティングの観点から
このようにIELTSとTOEFLを比べてどちらの方がスコアを伸ばしやすいかは一概には言えませんが、もしあなたがいまだこれらの試験対策に本格的に取り組んでいる訳でなく、これからどちらを受験するか迷っているのであれば、(スコアが伸びやすいかどうかに関わらず)私はIELTSを選択することをお勧めします。
IELTSではTOEFL iBTのように「英語を読んで聞いてから書く/話す」といったトリッキーな融合問題はなく、4技能の力は別々のセクションで別個に試されるので対策する上で的が絞りやすく、英語力とは関係のない受験テクニックの巧拙で結果が左右される度合いが小さいためです。
それに加え、試験の先のことを考えると、留学先ではレポート・論文課題を多くこなさなければならず、留学の成功はまさにこれらライティング課題の成否にかかっていますが、IELTSのライティング対策をすることは、留学生活でのライティングに必要な最低限の作法やアカデミック・ライティングの型を身につけるのにより役立つといえるからです。
たとえばIELTS(Academic)のライティングTask 1は、グラフなどから読み取れるデータや情報を150ワード以上で説明する課題ですが、留学先でレポートを書く際に、議論の前提として、自分が参考文献の中から見つけてきた表などが示すことを自分の言葉で簡潔に説明することは、専攻分野によらず頻繁に行うことです。
また、同Task 2は、ある事柄について自分の考えなどを250ワード以上で述べるというものですが、短いながらもこのようなオーソドックスな形式のアカデミック・エッセイを自分で構成を考えながら書くことによって、日本語にない英語のパラグラフ・ライティングのスキルを伸ばすことができます。
これに対して、TOEFL iBTではIELTSライティングTask 1に相当する問題はなく、同Task 2のようなアカデミック・エッセイを書く、従来あったIndependent Taskは先述の通り、2023年の問題形式のリニューアルで廃止されてしまいました。
それに代わって導入されたAcademic Discussion Taskでは、実際に書くことに割ける時間はせいぜいたったの7-8分に過ぎず、これとは別に従来からの「英語を読んで聞いてから書く」Integrated Taskもあるものの、これらのエッセイというよりメモ書きのようなタスクで高得点を取るためのテクニックを身につけることが、留学後のライティングで直接役立つとは到底思えないのです。
確かにIELTSライティングの方が回答時間が長く、採点もTOEFLライティングと比べて厳しいといわれます。しかしライティングに関して言えば、試験のスコアだけでなく留学後のことを見据えてじっくり学習する余裕があるのであれば、TOEFLよりもIELTSに取り組む意義の方が大きいといえます。
4.まとめ
IELTSとTOEFLのどちらを選ぶべきかは、一般的には試験形式を比較して自分に相性が良く、出願先の大学が要求するスコアをとりやすそうかどうかで決めるべきですが、TOEFL iBTでは英語力というより受験技術の巧拙が結果を大きく左右するおそれがあり、試験の先の留学生活でも通用するライティング力を上げるという観点からも現状ではTOEFLよりもIELTSに取り組む意義の方が大きいと考えます。